2012年1月30日 (月)

【1月28日】スケート大会初日無事終了。札幌出張は雪でキャンセル

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午前6時から、網走市大曲の市営スケートリンクで第51回東北海道スピードスケート競技大会兼第14回東北海道市町村対抗スピードスケート大会の運営のお手伝い。タイムの記録と賞状の作成、各チームの得点のカウントなどを担当する。前日まで雪が降り、準備は除雪からスタート。約2時間かけてリンクを仕上げていく。
大会の運営を見ていて、スケートは本当に多くの人手がいると実感。出場選手約130人規模の大会でも、リンク整備、天候チェック、タイム計測、記録、賞状作り、掲示など幅広いスタッフが必要で、結果的に約50人のボランティアスタッフ、競技役員が大会を支えた。
段取りと役割分担で煩雑な作業をスムーズに進めていく。まちおこしにも応用できる方法論を間近で学べた貴重な体験だった。
競技は午前9時から始まり、昼過ぎには無事に終了。
午後は札幌に日帰りで出張する予定だったが、丘珠空港が雪でクローズ。搭乗予定のHAC433便が飛ぶ見通しが立たず、結果的に札幌に行けたとしてもその日のうちに網走へ戻れないため、札幌での予定をやむなくキャンセルする。

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2012年1月27日 (金)

【1月27日】スピードスケート大会開催をお手伝い

道東6地区で持ち回りで開かれている第51回東北海道スピードスケート大会兼第14回東北海道市町村対抗スピードスケート競技大会が1月27日開幕しました。初日はエコーセンターで開会式が開かれ、釧路市や北見市、網走市などオホーツク、根室、釧路管内の3市8町の小中学生約120人が健闘を誓い合いました。

本大会については、昨年から開催に向けた作業をお手伝いをしており、本日も開会式の会場設営や司会などをこなしながら運営をサポート。明日(1月28日)も会場の大曲スケートリンクで計時や記録などをお手伝いします。
いろいろなイベントを開催、お手伝いしながら何度も思うのは裏方のみなさんの並々ならぬ苦労です。本大会も例にもれず、多くの競技役員さんやボランティアスタッフさんがそこかしこで頑張っています。

夜は釧路や紋別などから網走入りした競技役員さんと懇談。どの地域もスピードスケート人口の減少に直面しているのを実感しました。道具やウェアに加えて、遠征なども含めた活動費用の高騰、「学校のグラウンドに冬場スケートリンクを整備しなくなった」などの練習環境の悪化、スポーツ種目の多様化など理由はいろいろありそうですが、情熱を持ちながら次世代のスター選手の登場を待ちわびる先輩たちがいるのもまた事実。スピードスケートの面白さや奥深さ、魅力をうまく広げていくお手伝いをしたいと考えています。

夜は雪。スケートリンクの様子を気にする釧路代表団のみなさんと網走市大曲の市営リンクを見に行き、「大丈夫!明日はできる」とのお墨付きをもらい解散。28日は午前6時集合です。

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【1月26日】網走のごみ行政の将来図の一端が明らかに

網走市議会生活福祉常任委員会が1月26日開かれ、網走のごみ行政の行く末を見据えた「次期ごみ処理施設等の整備計画について」の諮問について、市側からの報告がありました。

現在、網走市八坂にある埋め立て処分場は「概ね4年程度で満杯になる」(市生活環境課)ので、市は後継施設の設置やごみの減量に向けた計画をまとめ、網走市廃棄物減量化等推進懇話会に意見を求めるとのことです。今後、同懇話会で3回程度の議論を経て、意見集約後、改めて生活福祉委員会に報告されるそうです。

さて、その諮問内容は下記の通りです。

1、資源物の分別収集品目について
 平成22年度に策定した「網走市一般廃棄物等処理基本計画」に基づき、国の定めた容器包装リサイクル法に定めた品目について分別することと、一般ごみの組成の中で重量比割合が高く、畑地等の地力増強に利用することが可能な生ごみを分別し、堆肥化する。

※注※現行の缶類、ビン類、発泡スチロール・トレイ、ペットボトル、新聞、雑誌類、紙パック、段ボール類のリサイクルに加えて、プラ製容器やケース、箱、チューブなどの「プラスチック製容器包装」を将来的に新たにリサイクル。家庭及び事業所から排出される「生ごみ」を堆肥化。

2、施設整備計画について
 今後のごみ処理については、第一にごみの発生抑制による減量化、第二にごみの資源としての利用を図る再利用、再生利用の推進、第三にそれでも残るごみについては、環境に配慮した処分施設にて最終処分をする。
 資源物の分別品目として、その他のプラスチック製容器包装と生ごみを追加するほか、現在の分別品目を継続する。
 しかし、八坂のリサイクルセンターも平成10年度から操業を開始しており、施設や機器の老朽化も進んでいることや、新たに分別品目も追加することからこれらの分別品目を一体で処理することが効率的かつ効果的であり、同一処理施設を建設する。(ただし、生ごみ堆肥化施設は別棟とする)
 一般ごみ減量のための焼却炉等の中間処理施設は、将来の可燃ごみ排出予想量が広域地区を含めても、24時間運転が可能な量を確保することがむずかしく、さらに施設の建設規模を決定する上でも課題が多くあり、建設費及び施設運営管理費等を勘案すると、現状では焼却炉等の中間処理施設整備は行わず破砕処理をする。
 以上のことから、今後のごみ処理施設整備計画を下表のとおりとする。

↓下表↓
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3、施設整備予定地について
 整備予定のあるリサイクルセンター、生ごみ堆肥化施設、最終処分場等が同一地区で整備されることが効率的であり、これらの施設整備の適地について、市で3地区の候補地において比較検討を行った。
その結果について、下表に示しているとおりであり、3地区のうち明治地区が最適と判断している。

↓下表↓
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<おまけ>
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1月26日午後0時10分ごろの網走沖の流氷の様子。奥は知床連山。

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【1月25日】今年最初の議会活性化特別委員会

今年最初の議会活性化特別委員会が1月25日開かれました。今回の委員会には市役所側から副市長、企画総務部長、総務課長が出席し、一般質問における反問権の位置づけについて議会側と意見を交わしました。こんどう自身としては特別委員会の議論の中で「市役所との市議会が緊張関係を保ちながら、まちづくりを進める二元代表制の原則に立って、一問一答の導入とともに反問権(質問の趣旨を確認する【広義の反問権】、質問に対し、市側の対案を明示して、それに対する考え方を議員側に問う【狭義の反問権】を共に含んだ反問権)を設定しておくべき」と当初から主張していたので、その趣旨に沿って改めて発言。
市側の認識としては、「現段階では反問権は有していないと考えている」との説明。
各委員からは「議論を深めるために(反問権は)あってしかるべき」「一問一答の導入と反問権はセットであるべき」という前向きな発言があった一方で、「議員側の質問のレベルが低く、市側の反問に耐えうるかどうか」「反問権の意味がよく分からないのでもう少し勉強したい」などの意見も。
こんどうは改めて発言を求めて、「一問一答を導入して2回の一般質問を終えた。特別委員会では7月の段階から反問権が議題にあがっており、勉強する時間も十分にあったはず。一問一答を導入して、市政に関して何でも聞ける形を作りながら、反問権を導入しないのは片手落ち。質問する側にも説明責任がある。反問権が無ければ『根拠なき無責任な質問』がまかり通ってしまう。早い段階での反問権の導入を求めたい。合わせて、特別委員会の議論をさらにスピードアップしていただけるようこの場で求めたい」と述べました。
反問権については今後の特別委員会でなるべく早い段階で結論を出すということになりました。

さらに議案資料のペーパーレス化について、市役所側の意見を聞く。説明によると、「議案資料はワード、エクセル、市役所独自のフォーマット、各種資料の手作業による切り貼りなど様々な形がある。すべて資料の電子データ化は労力も膨大になるが、できるところからのpdf化であれば対応できる」とのこと。

続いて各常任委員会で議案の提案前に行われている非公式の「説明会」について議論。説明会は議案に理解を深めるため、半ば慣例的に行われているのですが、委員会のインターネット中継に導入に合わせて、「説明会」をなくし、議案書を事前に配布しておき、その後、委員会で議案の説明も含めて開かれた形での議論をすべき-との提案。これについては「インターネット中継の有無を抜きにして、二元代表制の原則に立てば、市役所側から議案が出てから、議会が質疑を経て議決するという流れなので非公式の説明会は必要ない」と発言しました。
ただ、特別委員会では議論になりませんでしたが、気になることがいくつか。
①議案が出てくる前の市政情報は個々の議員が努力してつかんでいくことになる。重要情報を事前に知ることができず、「聞いていない」と憤慨する、いわゆる「議会軽視論」はお門違いであることを全議員が共有しているかという点。
②事前説明会を無くすということは一般会計当初予算案なども含めて説明会が無くなるということ。「事前に聞いていなかったから判断できない」「今聞いたばかりなので会派に持ち帰りたい」ということが多発して委員会審議の時間がやみくもに増大するのは「効率化」の観点から問題あり。現行の審議時間枠を超えない形で議決するという意識が全議員で共有できているかという点。
このあたりは次回の委員会で確認してみたいところ。

本会議、委員会へのパソコンの持ち込みについて。議会事務局が道内他都市の事例を報告。登別市(議員21人全員に配布。庁内使用に限定し、プレゼンなどにも使用)と伊達市(議長許可で資料の閲覧などに私用のパソコンを使用)の状況を聞いた上で議論。こんどうは「パソコン導入は必須。資料の閲覧、確認。将来的には質疑時に動画やグラフ、画像などを活用して、見えやすく、わかりやすいプレゼンテーションにも活用できる。いち早く、パソコン持ち込みを制度化すべき。目的外使用の可能性は議員個々のモラルの問題。それを根拠に持ち込みを否定することにはならない」と発言。各委員からは「使いたい人が使うのは良いのでは」「データや資料の閲覧には有用」などの発言があった一方、「議場内でのインターネット接続は認められるか」「スマートホンもパソコンとして位置づけるのか」などの意見もあり、なるべく早く結論を出すことに。

そのほか、一般質問での一問一答方式で市側の答弁について、自席から答弁席が遠く、出入りに時間がかかるため、ワイヤレスマイク2本を使って、自席答弁できるようにすることを確認。

議会基本条例の制定については、2期目の議員3人(栗田政男氏、七夕和繁氏、渡部眞美氏)が素案を作り、特別委員会で煮詰めていくことで合意。

次回は2月2日(木)午後1時から開催することを確認し、終了しました。

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1月25日の網走沖の流氷の様子。手前は帽子岩。水平線上に白い筋が見える程度になっている=1月25日午前9時ごろ撮影

午後は網走駅と同駅開駅100周年事業について打ち合わせ。さらに網走バスを訪問し、鉄道とバスを有機的に結びつけたイベント開催などについて意見交換。夜は、T-1グランプリで全国優勝を果たした「ガツンと辛い山わさび粕漬け」を開発したお母さんチームと祝賀会。漬け物の話からまちづくり、地域活性化、未利用資源の活用、網走の可能性などに話は及ぶ。

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2012年1月24日 (火)

【1月24日】おいしいものは人を幸せにする

いったん網走から遠ざかった流氷がまた近づいてきました。今日はあいさつ回りをしながら街の声に耳を傾ける一日。普通にマチを歩いていても美味しいものに出会ってしまうのが網走の良いところ。
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最初は以前の記事でもご紹介した網走市駒場北6丁目に昨年登場した「ぱそカフェ」のカフェ部門「あらもーど」のビーフシチューディナープレート(1500円)。小エビのフライタルタルソース、ポーチドエッグとベーコンソテー、ライス、サラダ、日替わりケーキ、フルーツ、ドリンクと盛りだくさんの内容。ビーフシチューは丁寧な下ごしらえで臭みや硬さは一切なく、ホロホロと肉のうまみが口中に溶け出していきます。心もお腹も満たされる至福な一皿です。
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さて、そんな一皿を生み出すのが、カフェ部門を取り仕切る篠永政雄シェフ。洋食が専門だそうですが網走ちゃんぽんにも興味を持っていただいています。

続いて、「手打ちそば作ったから食べにおいで~」とお声掛け頂いた郊外の農家さんで出会った特大かき揚げです。
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生わさびのチューブと比較するとサイズが想像できるかと思いますが、直径約20センチの特大かき揚げ。、ゴボウ、ニンジン、ユリ根、タマネギなど野菜たっぷり。そばのトッピングなのに丼に入らないというオチでした。

今日から第180通常国会が開会。消費税増税と衆院解散総選挙が大きな争点になるでしょう。野田総理の施政方針演説を聞いていて違和感を感じたのは、過去の自民党政権時の福田総理や麻生総理の演説を引用した点。「自民党も同じこと言っていたんだから協議に乗ってくれ」というメッセージとも受け取れますが、見方を変えれば、「民主党は自民党と一緒です」と政権交代の無意味さを自らさらけ出してしまったようにも見えます。「政局より大局」と言えば、聞こえは良いですが大局的判断をするための政府情報に信用が置けないというのが素直な気持ち。なぜ財源不足なのか。政府、国会の無駄は完全にそぎ落としたのか。増税なき財政再建は絶対に不可能なのか。政府、政権与党からのメッセージは説得力不足に見えます。

夕方のNHKニュースで網走市の除雪予算が見込みを上回る見通しになったとの報道。確かに今年は雪が多い分、除雪、排雪が市内のそこかしこで必要になっているよう。明日にでも市役所で現状を聞いてみようと思います。

明日(1月25日)は午前10時から、議会活性化特別委員会です。その後、各種打ち合わせが3件。夜は会合1件。

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【1月24日】本日の流氷

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網走沖の流氷の1月24日午前11時55分ごろの様子です。奥にうっすらと見えるのは知床の峰々。

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2012年1月23日 (月)

【1月20日~23日】気づけば1月も最後の1週間

【1月20日】流氷も姿を見せ、寒い網走。水道管の凍結対策で事務所のストーブを焚く。午前中は東京で出会った方々にお礼状書き。午後は打ち合わせが3件ほど。夜のニュース番組「報道ステーション」で春節(旧正月)を前に中国人観光客が戻り始めているとの報道。北海道を取材し、高橋はるみ知事による自治体独自のトップセールスの効果やルスツリゾートの活況を紹介。日によっては東日本大震災以前を上回る入り込みの日もあるそう。では網走はどうか。いよいよ流氷観光本番。※22日の北海道新聞朝刊によると、10月以降から外国人観光客の入り込みが復調傾向となり、昨年12月は主要4ホテルの宿泊者数が前年同月比(震災前の12月比)70%増の892人だったそうです。

【1月21日】流氷特急オホーツクの風や流氷ノロッコ号などJR北海道の冬の臨時列車の運行スタート。冬観光が盛り上がる。夜は忍吟詠会の新年会、地域創成塾の会議。テレビ東京系の旅番組「極旅2」で釧網本線が紹介され、鉄道で地域おこしを目指すMOTレール倶楽部の面々も登場。吹雪の北浜駅ホームで「知床旅情」を合唱するという前代未聞のシーンが全国のお茶の間に(笑)。SL誘致の苦労話や裏話も紹介していただき満足。オンエアは飲み会のため見てませんが、東京、名古屋、京都などの知人、友人たちから連絡があり、反響は上々。今年もガンガン盛り上げていきます。地域創成塾は卒塾生の活躍の場を確保するための取り組みについて議論。面白い動きが出てきそうです。やはり地域を元気にするのは「よそ者」「若者」「ばか者」。

【1月22日】網走市内の子育てサークルBerryぽっぷ☆さん主催の子ども向けコンサート@エコーセンターの運営をお手伝い。網走市「3つのかつ」を築く会(通称かつをの会)のメンバーとともに会場設営やチラシの印刷などで初めての試みをバックアップ。小さなお子さんから大人まで約100人がクラリネットアンサンブル奏楽~sora~さんの演奏に耳を傾けました。ぜひ2回目、3回目の開催も期待したいところです。

【1月23日】網走ウルサン南区交流協会の設立総会に出席。網走初の韓国との民間交流団体が誕生しました。最初の事業は来月の流氷祭りに合わせて網走入りする韓国ウルサン広域市南区からの訪問団一行のおもてなし。中学生20人を含む90人の大訪問団が網走にやってきます。楽しい思い出を作っていただけるよう、メンバー一同知恵を絞っています。

夜は網走ちゃんぽん研究会の会議。今年は網走の屋台村とお隣・小清水町の屋台村にダブル出店。網走ちゃんぽんをPRします。のぼりやTシャツ、ゆるキャラなどディティールにいたる議論があり、なかなか楽しい展開に向かっていきそうです。4月のちゃんぽんサミットにも北限のご当地ちゃんぽんとして参戦します。

続いてMOTレール倶楽部の役員会。今年の計画案をまとめて25日に網走駅と折衝することになりました。SL、食い倒れ号、そして第3のイベント列車へ。第3のイベント列車は日本初の試みで食い倒れ号を超えるインパクトになるはず。

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2012年1月20日 (金)

【1月18日~19日】東京へあいさつ回り。

【1月18日】
泊原発での研修に引き続き、東京入り。
JAL510便で新千歳から羽田へ。鶴丸カラーのボーイング777に初搭乗。気分よく東京に向かう。到着後、麹町にある、木村政雄さん(元吉本興業常務)の事務所へ。近況報告と新年のご挨拶。全国で13万部を発行するフリーマガジン「5L(ファイブエル)」の企画・にっぽん日和で青森市や出雲市などを訪ねたエピソードなど楽しいお話を伺う。にっぽん日和は観光案内というよりは地域の文化や歴史、さらには人にスポットを当てた面白い企画。マチを盛り上げようと頑張っている地域を応援するというコンセプトがしっかりしており、なおかつ、つくりがカッコイイ。道内では函館市、網走市、小樽市が登場済みです。他の自治体で興味のある方はコチラへ連絡をどうぞ。
http://www.km-jimusho.com/

続いてアシアナ航空日本地域本部へご挨拶。関係者の方とアジアの観光情勢や韓国からのインバウンドの入り込みなどについて意見交換。韓国系ローコストキャリア(LCC)については「乱立気味で再編必至」という点で一致する。

その後、国政の中枢で活躍する立命館大の先輩と都内の居酒屋で一席。網走市の友好都市・糸満市の比嘉酒造さんが作っている泡盛「まさひろ」が置いてあり、うれしくなって一杯いただく。先輩によると、解散総選挙は「会期末が危ないよ」との見立て。ただ、私個人としては民主党、自民党いずれも勝ち抜く要素が無く、タイミングを見極めきれないのではないかという疑問も残る。いずれにせよ、目先の課題にとりあえず対応するような政権ではなく、具体的な論争を経た、ビジョンある政権を作るべきだと思う。

さらに、木村政雄さんの秘書さんと新宿で一席。5Lをもっと面白くする方法を語り合う。クリエイティブな議論は楽しく、あっという間に日付が変わっていく。

【1月19日】
午前8時から、都内で勉強会。東京などを拠点とする新進気鋭の若手経営者、起業家ら50人余が集まり、産業創出や地域活性化が思うように進まない地方自治体の首長らとガチンコの議論をするというユニークな会合に初めて出席。議論の末に一定の方向性が見えれば新ビジネスの創出や投資にもつながるという具体性があるのも面白い。経営者サイドはITを中心に、旅行業や飲食店運営、食品製造、運輸事業、物流など業種も幅広い。年齢も30~40代とみなさん若い。

今回は大分県国東市の三河明史市長がプレゼンテーション。人口約3万2000人。高齢化率は35・8%。古くからの農漁業とともに、大分空港近辺にソニーやキャノンの事業所も立地。歴史ある寺社仏閣をポイントとした観光産業もあるとのこと。少子高齢化、雇用の受け皿不足による若年層の市外流出、知的・文化的バックグランドの不足による地域資源の未利用という現状をどうにかしたい-というお話だった。地域資源は①栽培時に海水を使った糖度の高いトマトの栽培②日本で唯一栽培されている「七島イ」(イグサ)③オリーブの3種類を重点的に考えたいとのこと。いずれの資源も加工し、高付加価値化するための商品開発、販路拡大に難渋している旨のお話しもあった。

トマトとオリーブはプロダクトアウト型(売る側の論理で導き出された産品)の特産品開発にはまり込んでいる印象。他地域との差別化も進んでいない。トマトとオリーブを育てる地域的な必然性、物語をきちんと備える必要があると思う。その上で、ものづくり、商品開発は「消費者が何を欲しているか」というところから出発する「マーケットイン型」で進めるべき。

七島イは沖縄県トカラ列島原産の珍しいイグサ。機械化できないうえ、生産量が少ないため、畳に編むと高級品として売れるそう。生産者が10人しかおらず、平均年齢は70歳以上で需要があっても供給できない状況。まずは儲かる仕組みを作る。例えば、市の買い上げで市内の建物(民家も含めて)の畳全部を七島イにするという計画を作り、増産に合わせて後継者の育成を兼ねる。続いて畳の効能を明らかにする取り組みをやってみてはどうだろう。精神安定効果や安眠効果などがあれば癒しグッズとして注目される可能性がある。

大学が市内に無いため、街ナカには若者の姿が少ないらしい。地域活性化の研究フィールドとして、どこかの大学と連携するのも手か。

地域間連携の模索もできそう。観光客は人に付く。顔の見えるお付き合いが最大の誘客になる。お付き合いの理屈付けとして地域間連携は有益だ。たとえば、
①七島イの故郷・トカラ列島
②国東市内の国見地区と同名の長崎県雲仙市国見町
③国東の浜で水揚げされるタチウオの多くを消費する韓国
④市長さんの苗字にちなんで愛知県の三河地方(岡崎市、豊田市etc)
など地域同士のパイプを増やす理屈はいくらでも作れると思う。

起業家サイドからは「行政運営に民間の経営感覚とスピード感を」「行政の事業に民間業者が関わりやすい開かれた仕組みを作って」「まず市長が何をしたいかはっきりさせるべき」などの意見が出ていた。

今後、今回の勉強会に参加した民間企業が何社か国東市を視察し、地元の方々と意見交換してビジネスチャンスの創出を目指すとのこと。

議論の様子を見ていて、地方自治体に対し、外部からしがらみのない刺激を与えていくのは必要なことだと実感。今後の展開が楽しみだ。

勉強会後、日高管内新冠町出身のシンガーソングライター向井成一郎さんと久々に会い、昼食。ハワイアンミュージックの世界にも足を踏み入れているようで、彼のチャレンジスピリットに敬服。

その後、2件ほどあいさつ回りを済ませ、最終便のJAL1191便で女満別へ。流氷迫る網走へカムバック。

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2012年1月19日 (木)

【1月16日~17日】幻の泡盛・泡波との出会い、泊原発での研修

1月17日以来、3日ぶりに網走へ帰還。なかなか暖まらない事務所で久々のブログを書いています。インフルエンザも流行り始めました。感染すると大変ですので予防措置は万全に。

【1月16日】
日中はあいさつ回りと事務所でデスクワーク。夜はお世話になっている農家さんと一席。波照間島特産の幻の泡盛「泡波」を味わうという至福のひととき。島内消費が中心でなかなか手に入らないという1本。長期熟成させていない「生酒」にも関わらず、甘くさらりとした飲み口が印象的。ネームバリュー以上に「素朴においしい」と感じる1杯でした。

【1月17日】
北海道若手市議会議員の会による小樽・後志研修へ。初当選以来、初めて参加した若手市議会議員の会の催し。世代の近い市議会議員さんたちと後志管内泊村の泊原発を視察した。今回は網走からも私のほかに、平賀貴幸氏、金兵智則氏、古都宣裕氏の4人が参加。原発中枢を司る制御室や電気を発生させるタービン建屋、さらには放射性物質を含んだ燃料棒を保管する施設など普段はあまり公開されていないコアな部分まで北海道電力の職員のみなさんに丁寧に案内していただいた。
施設見学に先立ち、原発近くにある原子力PRセンター「とまりん館」で北海道電力の職員の方々から泊原発に関するレクチャーを受ける。加圧水型と呼ばれる原発の発電原理の紹介に続き、かなりの時間を割いて東日本大震災以降の安全対策についての説明がある。防潮堤の新設、予備電源や冷却水の確保など、津波や地震発生時の対応策を講じているとのこと。ただ、東日本大震災による福島第一原発の事故を目の当たりにした今、「絶対の安全はあり得ない」と冷めた気持ちがぬぐいきれない。

ここで原発について自分の考えを整理しておきたい。

現状から考えると、再生可能エネルギーの利活用をできる限り広げつつ、段階的に日本中の原発を止めていくという流れが妥当なように思う。

ただ、私の問題意識は3・11以前にある。

そもそも原子力発電のリスクについては、中学生のころに広瀬隆さんの「東京に原発を!」(集英社、1986年)を読んで以来、「いつか日本でも取り返しがつかないことが起きるんだろうな…」と漠然と感じ、幼心に暗澹たる気持ちになることもあった。そのため、福島第一の事故が起きたときには「どうして?」というより、「ついに来てしまったか」という印象を持った。
だからこそ、事故後に一気に湧き上がった脱原発の動き、原発のリスクを声高に唱え、東電や日本の政府を批判する世論、マスコミの論調にはちょっとした違和感を感じている。日本で初めての原子力発電所が東海村にできたのが1963年のこと。それ以来、この国に住む多くの人々は、「原発は取り返しのつかない事態を引き起こしかねない」というリスクを知りながらも経済発展、産業振興などのために許容または黙認しているように私は見ていた。

3・11以前の日本の社会では「原発反対」はいわゆる一部の左翼的立場の方々の政治的スタンスと理解され、世の主流ではなかったと認識している。「原発は危ないけど日本には資源もないし仕方ないよね」というおぼろげな意識の人たちが少なくとも私の周りでは大半を占めていた。

そういう時期があったことを振り返ると、事故後「安全対策が不十分」「アクシデントの想定が甘い」「原発は危ないから無くしてしまえ」という声が一気に出てきた際には「じゃあ今までは何だったの?」という素朴な疑問がわいた。なので、3・11後に「脱原発」を言い始めた人たち(マスコミ、政治家、市民活動家etc)に対しては、冷静にその信念、政治的立場を見極めるように心がけている。政治的トレンドに乗った形での「脱原発」論争には危うさと胡散臭さを感じる。

学生時代、この国のあるべき姿をよく仲間たちと議論した。その時、必ず出てきた論点は、人間は失敗や挫折、犠牲を実際に体験しないと変わっていけないのだろうか-という点。今でこそ国際社会では「戦争は避けるべきもの」という前提が当たり前のようになっているが、かつて戦争は国家の「正当な権利」のひとつだった。それが2度の世界大戦を経て、多くの人々の犠牲の上に戦争は避けるべきものという共通認識が形作られていった。人間は多くの犠牲を払わないと戦争の悲惨さに気づけなかったのだろうか。今回の原発にしても、取り返しがつかないレベルの事故が起きて、「原発は危ない」とようやく多くの人が気付き始めたということなのだろうか。だとすれば気づきのために失ったものはあまりにも大きい。東電や政府を糾弾するのも否定はしないが、同時に3・11以前の我が身を振り返ることも必要だと思う。

ただひとつ明確なのは、もう二度と同じような事故を繰り返してはいけないということ。そのためには最初に書いたように「段階的な脱原発」を進めるべき。もうひとつは、この国に住む私たち一人一人が無関心、無批判、無提案、人任せをやめ、「身の回りにある情報を見極め、何が必要か、何が正しいかを考え、自分たちの地域や国は自分たちで創っていく」という意識を持つことが必要だ。これから生まれてくる後世の人々に「あのとき日本が変わったからこそ、美しい国土と幸せな今がある」と言ってもらえるようにするためにも。
(了)

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2012年1月16日 (月)

【1月12日~15日】活動報告

【1月12日】あいさつ回りと事務所の来客対応で時間が過ぎていく。話題は網走の景気や流氷館の今後、市議会の現状など多岐にわたる。

【1月13日】午前中は議会だより編集委員会。一般質問を行う議員の数(19人中14人)と6ページの紙幅のミスマッチが著しい。紙媒体での情報発信も不可欠であるため、何らかの改善策を考えたいところ。午後は事務所にお客さん。

【1月14日】日中は事務所でデスクワーク。夕方は網走スケート協会の会議。1月28~29日の「東北海道スケート大会」(於・大曲スケートリンク)の準備打ち合わせ。道東11市町から選手123人、役員25人が網走入りの予定。

【1月15日】午前中は網走神社のどんど焼き。事務所に飾っていた注連縄などを焼きながら無病息災、五穀豊穣を祈る。午後は所用で北見へ。

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